身近にある遭難、低体温症を防ぐ(2011年2月16日)

「身近にある遭難、低体温症を防ぐ」

             健康科学総合センター副センター長
             兼 あいち介護予防支援センター長 津下 一代

 今年は各地で大雪のニュースが繰り返され、愛知県でも冬日が続きました。
このような中、高齢者が意識不明のために病院へ救急搬送される例が、この愛知県の救急担当医師の間で話題になっています。脳卒中でも心筋梗塞でもありません。低体温症による意識障害です。冬山での遭難でもなく、普通に家庭で暮らしている高齢者が、低体温症によって命の危険にさらされているのです。
 昨夏話題となった熱中症と比べてなじみが薄い体温の異常ですが、高齢者の命にかかわることですので、ぜひ頭の片隅においていただきたいと思います。

 私たちの体が正常に機能するためには、体温調節が非常に重要です。体内の酵素(たんぱく質)が円滑に働く温度、36~37℃を維持するために、私たちは筋肉の収縮や食事摂取によって常に熱を発生しています。
 粗っぽい試算ですが、人の体積約60リットルを外気温よりも10℃高い状態に温めるためには、(水1ccを1℃暖めるための熱量を1calといいます)
 60×1,000(cc)×10(℃)=600,000cal(600kcal)の熱量が必要になります。
外気温が下がった場合には、「ふるえ」つまり筋肉の収縮によって熱産生を増加させます。さらに衣服や暖房によって温めた熱を逃がさないように工夫し、寒い日でもなんとかしのいでいるというわけです。

 ところが、深部体温(直腸温)が33℃を下回るようになると、自律神経機能が低下しはじめます。震えが止まり、脈拍が低下、動作も不活発になってきます。ぼんやりとして正常な判断ができなくなり、自ら体を暖める行動ができなくなります。
 さらに30℃を切るくらいに低下すると、錯乱、幻覚状態になったり、呼びかけにも応答しなくなります。さらに放置されれば心房細動、心室細動などの不整脈を引き起こし、死に至ることにもなりかねません。
 新田次郎の「八甲田山死の彷徨」を読み直すと、そこには痙攣する人、錯乱に陥って着ているものを脱ぎ捨て雪のなかに駆け回る人、集団幻覚におちいりやがて昏睡死していく兵士たちが描かれています。低体温症の怖さです。

 家に閉じこもりがちの高齢者では筋肉量が少なく、筋肉での熱産生が少ないために低体温になりがちです。さらには食事もきちんと取れていないために、消化・吸収などに伴う熱発生(食事誘導性熱代謝)も少なくなります。老化にともなう自律神経機能の低下のため震えなどの反応が起きにくく、寝たきりなどで着衣が濡れている場合には低体温が加速する状況になります。
 もし体が冷たくなっていることに気づいたら、乾いた毛布でそっとくるみ、救急車で至急病院に搬送します。急に手足を暖めたり、体をさすったりすると、血圧が急降下したり、冷たい血液が心臓にもどって不整脈を誘発するので要注意です。また脈が触れない場合にも心臓マッサージはしないこと。なによりも早く搬送することが第一です。

 「マッチ売りの少女」は寒さに震え、やがて食べ物やおばあさんの幻覚をみつつ、生命を閉じます。寒さのために命を落とす人をなくすことが、福祉国家を作ったデンマーク人の心の底にあるといいます。
 わが国でも一人暮らしの高齢者が多くなり、また経済の問題も重なって、残念ながら今後この問題がクローズアップされるかもしれません。冬の孤独死の原因になっている可能性もあるでしょう。身近にある低体温による死、なんとか防ぎたいものです。